
病気になった自分を受け入れられない…

早く元の自分に戻りたいのに、焦るばかりで上手くいかない!
うつ病の治療中、こんな風に『治らない自分』を責めてしまうことはありませんか?
今回は、病気を綺麗に受け入れることができず、葛藤の真っ暗なトンネルにいた私が「障害の受容」について綴った日のブログ日記を振り返ります。

前回は、闘病中のワクワクについて書いています!
過去の日記より:【受け入れられない葛藤】
休職して少し経ち、調子の波に振り回されながら「薬を飲むこと」や「病気であること」への罪悪感に押しつぶされそうになっていた頃の日記です。
最近ブログに書いたように、少し調子を崩してしまいました
ブログを遡った感じだと、1〜2週間に1回調子をくずしているようです
休職当初は毎日こんな状態だったので、それを考えるとかなり良くなったとは思うのですが
やっぱり焦ってしまいます、というか焦らないのって無理では?
誰しも病気になってしんどかったら、早く治したいと思うわけで
でもこのうつ病という病気は、そのプレッシャーで余計に悪化するという
本当に難しい病気です…
うつ病は、私個人としてはネガティブな思考を自力で制御できない病気と捉えています
自力で制御できないから薬などの治療に頼るわけで、それ自体は悪いことではないと頭では思っているんですよね
だけど頓服を飲むことにも、罪悪感を覚えることがあります
頓服を飲むということは、症状をコントロール出来ていないと証明するようなもので
ネガティブな思考を自力で制御できていないことを突きつけられているような気がして
その状態がきっと自分の中で許せないんですよね
うつ病の症状というものを受け入れられていないんだと思います
理解はできているけれど、納得はできていない
頭では分かっているけど、心が追いついていない、こんな感じでしょうか
よく医療業界では、障害の受容という言葉を使います
自分が障害や病気であることを受け入れる過程を学んだりしていました
この考え方では最終的に、自分の障害をポジティブに捉えて生活することができる状態に 辿り着くとされています
障害や病気と折り合いをつけて共存する、うまく付き合っていく、その状態を前向きに捉えられると
私も学校で習った時は、そんなものなのかと思っていました
臨床に出てからは、障害の受容なんてあるの?と思うようになりました
だってみんな、障害や病気が完全に治せるとしたら絶対治したいと思うでしょう?
どんなに障害を受けてから時間が経っている人だって、きっとそう思うんじゃないかなと
受容とは一体なんなんだろうとよく思っていました
自分が精神障害になって、より強く思うようになりました
自分がうつ病であることは理解しているし、完全に治すことも難しく、あくまで寛解を目指す病気であることも分かっています
だけど綺麗さっぱり治るなら治したい、病気がなかったことになるなら今すぐなかったことにしてほしい、そう思います
これは受容できていない状態なのかな、受容できる日が来るのかな
きっと来ないだろうな…そう思ってしまいます
けれど時間は待ってくれないわけで、自分が沈んでいようが関係なく月日はどんどん過ぎていきます
病気や障害を受け入れられていようがいまいが、治療はしなければいけません
いろんな葛藤はありますが、折り合いをつけながら進んでいくしかありません
本当に難しい病気です…
今は少しずつでも目の前のことをこなしていくしかありません
そうしないと前には進めませんから
病気を受け入れられようが受けいられまいが、少しでもいい方向に進むよう頑張っていくしかありません
【今、思うこと】教科書通りの「受容」なんて幻想です
今この日記を読み返すと、「真面目だなあ」「必死に自分をコントロールしようと戦っていたんだな」と、当時の自分を優しく抱きしめたくなります。
当時の私は、頓服薬を飲むことを「自力でネガティブ思考を制御できていない敗北の証」のように感じて、激しい罪悪感を抱いていました。
でも、作業療法士(OT)としての知識も踏まえて、今の私から当時の私(そして同じように悩むあなた)に伝えたいのは、「頓服を飲むのは敗北ではなく、立派な自己管理(セルフケア)だ」ということです。
骨折して痛い時に松葉杖をつくのと同じです。

薬が追加になった時や、薬の量が変わった時の「焦り」や「不安」については、こちらの記事でも詳しく書いています。
脳で火事が起きている時に、初期消火として薬に頼るのは、自分の心身を守るための正しくて素晴らしい行動なのです。
そして、日記の後半で悩んでいる「障害の受容」について。
医療の教科書には「病気や障害と折り合いをつけ、前向きに共存する」ことが最終ゴールのように書かれています。
でも、当事者になって4年が経ち、パートで働き始めている現在の私ですら、正直に言います。

綺麗な受容なんて、一生無理です!
今だって「うつ病が綺麗さっぱり無かったことになるなら、今すぐしてほしい」と本気で思っています。
病気になって良かったなんて、死んでも言えません。
諦めたり、抗ったり、やっぱり治したいとジタバタするのが、リアルな人間の姿なのだと思います。

教科書通りの『障害の受容』なんてできなくて当たり前。
頓服薬に頼るのも、病気を憎むのも、あなたが必死に『今日を生き延びよう』と自分を守っている立派な証拠です。
病気を憎んだままでいい。不格好に今日をやり過ごそう

障害を受容しなければ、前には進めない…
もしあなたがそんな呪縛に苦しんでいるなら、今日でそのプレッシャーは捨ててしまいましょう。
病気を受け入れられなくても、治らない自分にイライラしてもいいんです。
「こんな病気、大嫌いだ」「綺麗さっぱり治したい」と葛藤を抱えたままでも、私たちはちゃんと回復のステップを踏んで、前に進んでいけます。
過去の私が日記に書いていたように、ただ不格好に、目の前の「今日一日」をやり過ごすこと。
頓服を飲んで、布団にくるまって、ただ息をしているだけで100点満点です。
無理にポジティブになろうとしたり、綺麗な言葉で自分の気持ちをまとめようとしなくて大丈夫。
治したいと焦る気持ちも、病気を憎むドロドロした感情も、すべてあなたの大切な本音です。
どうか自分を責めず、温かい飲み物でも飲みながら、今日という日をただやり過ごしてくださいね。

「とにかく今日はもう何もできない…」「ご飯も作れない」と気力が底をついてしまった時は、どうか無理をしないでください。
限界までしんどい日に、私が実際に救われた「食事のハードルを下げる神アイテム」などはこちらにまとめています。









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